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【People】自転車競技コーチ・辻本尚希さん特別インタビュー

2018/10/05

リアル『弱虫ペダル』!往復100キロの自転車通学が導いた学生チャンピオン・辻本尚希さんに聞くフィールドリュックサックの魅力

日本スポーツ協会公認自転車競技コーチとしてご活躍の辻本尚希さん。
自転車競技との出会いや印象に残っているレース、自転車競技の裾野拡大への想い、
そしてご愛用いただいているフィールドリュックサックについてなど、いろいろとお話しを伺ってきました。

驚異の往復100キロ自転車通学に鍛えられ、学生チャンピオンに!

―いつから、どのような経緯で自転車競技の世界に入られたのでしょうか。

僕には5歳上の兄がいるんですが、その兄が高校に進学して自転車部に所属したんです。
兄の高校は家から片道50㎞ほどの距離があったのですが、そこを自転車で通学していたんですよ。
1日往復100㎞になりますね。
当時僕はまだ自転車をやっていなくて、「すごい乗ってるな」くらいに思っていました。
兄のレースを見に行く機会があったのですが、そのときに兄が鎖骨と肩甲骨が折れた状態で、
予選を勝ち上がり、インターハイ出場を決めたんですよ。
そこまで体がボロボロの状態にあっても、突き動かすものがあるってすごいなと感じ、
僕も自転車をやろうと思ったきっかけになりました。それが中学3年生のときですね。

兄と同じ高校に僕も進学して、片道50㎞・往復100㎞通学をやりました。
通学していればそれだけで早くなれるだろう、みたいな(笑)。
プラス、部活での練習がありましたので多いときは一日150㎞ほど走りました。
今やれと言われても、できないですね(笑)。

フィールドリュックサック

―漫画『弱虫ペダル』のようなお話しですね!通学片道50㎞を自転車で走るってすごいですよね、他にそんな方はいたんですか。

『弱虫ペダル』が流行る前からやっていましたね。
僕の知る限りいなかったと思います。一部の間ではちょっとした伝説になっています(笑)。

―「片道50㎞兄弟」ですね!時間にしてどれくらいかかったのでしょうか。

時間にすると片道2時間弱くらいだったかと思います。
一応兄弟で日本一を取ったんですよ、大学生のときに。通学で培った?根性でしょうか。今思えばもっと効率的なトレーニングがあったんだと思います。
そういった意味で辻本家はちょっと変わっているなって思われています(笑)。

通学にはいろんな思い出がありますね、雨にも降られ風にも吹かれ。
夜、真っ暗闇の中、野犬に追われたりもしました(笑)。
通学なので、リュックを背負いながら走っていましたが、今思えば(フィールドリュックサックを指さしながら)これがあれば良かったなと。
高校では最低限の競技結果で大学に進学し、効率的なトレーニングを学び?(笑)、日本一のタイトルを取ることができました。

日本ではまだまだ高い自転車競技の敷居を下げたい!裾野拡大への取り組み

―高校と大学で本格的に自転車競技をやられて、その後はどのようにご活動されてきたのでしょうか。

社会人になってからは会社のサポートを受けながら、半分アスリート・半分社会人の
企業アスリートというかたちで競技をやらせてもらっていました。
アスリート社員として、僕の活動が販促活動にもつながったりと、やりやすい環境でやらせてもらっていました。

―教えられたりもしているのでしょうか。

日本スポーツ協会公認自転車競技コーチの資格を持っているので、教えることもできます。
教えるのは社会人の方が多いですね。サイクリストや、一般の方たち。
始めたけれど転んでしまったり事故にあったりして自転車に乗らなくなってしまったという方が多いんです。
競技人口を増やしたいので、そういう状況を改善したいと思っています。
選手はそういうところを教えていかないといけないということで、ライディングスクールをやったりしています。
意外とロードバイクでも転ばないための乗り方とか、テクニックは大事なんですよね。
今後も競技人口を増やすための活動は続けていきたいですね。
元々、今所属しているチームも「サイクリストの人口を広げるために活動していきましょう」という
コンセプトを念頭に立ち上げたチームなんです。
競技だけ頑張るのではなく、選手でやるからには自転車競技の裾野拡大にも貢献したい。
第一線で活動し続けなくても、コーチングのスキルがあればできる部分でもありますので、
そこは注力していきたいですね。

―やはりケガはつきものなのでしょうか。

多いですね、やっぱり生身なので。スピードも結構出ますので、転んでしまうと無傷ではすまないんですよね。
日本は一般のサイクリスト人口は多いんですが、競技となるとその数はぎゅっと少なくなってしまいます。
本当はそこがうまく循環して、競技人口もサイクリストも多いという状態になってほしいのですが、
やっぱり競技は危ないというイメージがあって敷居が高いんですね。
そこを僕らがうまくつないでいく役割が担えたら、と思います。

―ツール・ド・フランスが有名ですが、自転車競技はフランスが一番盛んなのでしょうか。

盛んなのはフランス、イギリス、イタリアも強いですね。ヨーロッパ全体でしょうか。
一家庭に一台はロードバイクがあるんですよ。
日本だとレースは週末のみですが、ヨーロッパでは平日もおこなわれています。
家の扉を開けたら目の前でレースやっていたりとか(笑)。
テラスでビールを飲みながらよく分からないレースを眺めている、というのが日常らしいんです。
だから誰でも、「あのレース出てみる?」みたいな感じで気軽に出れる。
それができるのは地元の理解、国の理解があって、あとはスポンサーさんですね。
レースに協賛してくれるスポンサーさんがたくさんいて、お金が集まって定期的に開催できて…と、
取り巻く環境が日本とは全然違います。

学校でも自転車の授業があったり、日本での野球やサッカーのような環境で自転車が盛んなんですね。
それだけ敷居が低くて、誰でも一度はロードバイクに乗る機会があって、だから若い才能も発掘しやすい。
身体能力で日本人は決して劣っているわけではないと思うんです。

日本人で野球やサッカーがすごく上手な人が自転車競技を小さい頃からやっていたら、
たぶん世界レベルになると思います。
日本での若い才能の発掘事業は今後の課題だと思います。

奥深い自転車競技の世界、その魅力とは

―思い出深いレースはありますか。

大学4年生のときの全日本選手権大会ですね。
181㎞のレースだったのですが、終盤に7人の「逃げ」(※メイン集団から飛び出して、先行すること。
空気抵抗の影響を強く受ける自転車競技では、少人数で走る逃げ集団の方が大人数のメイン集団に比べて
空気抵抗の影響が大きくなる)ができて、その中に僕ともうひとりチームメイトがいたんです。
そのチームメイトは高校から一緒の同級生で、大学も一緒。
最後の勝負の局面で、僕らが有利な状態になったんです。
優勝できるのは、ひとりだけ。同じチーム同士でケンカしてもしょうがないので、
協力してどちらかを勝たせるためにいろいろしなければならない状況でした。

僕は走りながら、頭の中で「この局面でこいつには負けたくないな」と思っていたんですが、
相手には「自分に勝たせろ」なんて言えないじゃないですか(笑)。
そうしたら向こうから、「お前、勝てよ」と。
「お前は前に出なくていいから、俺が全部前にでるから、お前は最後に行け」と。
うるっときましたね。言わせてしまったな、と思いました。
そして実際僕が勝って、それは印象に強く残る感動的なレースでした。

―「前に出なくていい」というのは、彼が風よけになったということですね。

ロードレースにはチームメイトが前に出ているときは、もう一人は前に出なくていいので温存できるっていう暗黙の掟が存在するんですね。なので温存できた分、最後スパートできました。
それに運も重なりタイトルを取ることができました(笑)
その彼もその年の9月にもうひとつ大きな大会があって、そこで2位になり年間の総合ポイントで1位を獲得、ふたりでタイトルを取ることができました。

そのタイトルを取れたことで、その年のツール・ド・フランスの選手を埼玉に誘致しておこなわれた
凱旋レースに招待されて、学生代表で走ったんです。
ラスト4周というところでホイールが壊れて、集団から遅れて一人で走っていたんですが、
僕が優勝してウィニングランしていると勘違いされて観客が盛り上がっていて(笑)。
がたがたしてリタイア寸前だったのに、ゴールした後にも観客にハイタッチを求められたり(笑)。
あれも思い出深いレースですね。

―お兄さん以外で影響を受けた選手はいますか。

身近だと一つ上の大学の先輩で、すごく強くてその人の背中をずっと見ていました。
普段はとてもふざけた人なんですが、ちゃんとやることはやっていて。
大学での部活は朝夕練習があるのですが、単位を取りきると日中授業がないので、
そういうときにその先輩はずっと練習してるんですよね。
夕方の集合でその先輩を見ると、やけに体がてかってるんです(笑)。
この人は何をやってきたんだろうって最初は思いました。
人が見ていないところで努力されていたんですよね。
その先輩は実際に結果を出していましたし、翌年僕が最上級生になってからは
人から見えないところでやっていました。

やっぱり努力は裏切らないというか、ちゃんとやればそれは結果に必ずつながるということが学生時代に分かって、
それを教えてくれた先輩でもあります。
その先輩はお仕事でも活躍されていて、そういう部分は何にでも応用は効くのかなと思います。


―個人的な競技かと思っていたのですが、先ほどのお話しだと風よけになったりですとか、
チームプレー的なところもあるんですね。

むしろチーム競技ですね。
高校の部活とかですと組織立って動けず、力の差が出てしまうので個人競技に見られがちですが、
プロの世界、例えばヨーロッパのツール・ド・フランスとかの世界では完全にチーム競技です。
そのチームの中にひとり「エース」というのがいて、そのエースをどう勝たせるかがキーになるんです。
これは極端な例ですが、9人いたら、8人はアシストで、そのひとりのエースを勝たせるために風よけになったり、ボトルを運んだり、エースが良いポジションで勝負できるよう位置取りをしたりします。
チームとしては1勝が欲しいだけなので、誰か一人が勝てばいい。

―それが「エース」という立場で決まっているんですね。

決まっています。コースによって変わるんです。
山が得意な選手は、山のコースではエースになって、平坦なコースでは別の人がエースになったり、
それが競技の醍醐味でもあります。
協力して、考えて勝てたときはやはり嬉しいですね。
臨機応変にその場の状況を判断して、何が最善かを考えながら走るというのはとても楽しいです。

辻本さんのフィールドリュックサックの中身を拝見!出てきたものは意外にも…?

―フィールドリュックサックのジェットブラックをご愛用していただいています。中身を見せていただけますか?

(フィールドリュックサックを開いていただくと、メインコンパートメントには
キャンプなどで使用する小型のガスバーナーが入っていました!)

遠征先などで、レースが終わった後などに山の中でちょっと一服したいなってときに使います。
趣味でよく釣りや山にも行くんですが、河原でコーヒーをドリップしたりもします。
こういうアウトドアグッズは細々しているので、フィールドリュックサックは収納が充実していて
使い勝手がいいなと思います。
保冷ポケットも付いていて、アウトドアに便利ですよね。

遠征は泊まりがほとんどですが、日帰りもあるのでそうするとリュックのサイズは30Lくらいがちょうどいい。
フィールドリュックサックは日帰りにはすごくいいですね。

フィールドリュックサック

あと、このメッシュポーチ、これがほんとに便利です!
普段はリュックサック内につけておいて、必要なときにべりっとワンタッチではがして
いろんな使い方ができて斬新ですよね。なかなかないです。
ほとんどの選手が、サプリとか細かい物を入れたりとかするためのメッシュ状の洗面ポーチを
別で持ち歩いているんです。

あと車の中とかでも便利ですね。リュックは後部座席に置いて、ちょっとした小物を手元に置いておきたいときに
メッシュポーチだけ外して運転席近くに置きます。

フィールドリュックサック

付属のシューズバッグも、自転車用のシューズを入れて使っています。
シューズは直で車に積めないし、やはり袋が必要になるんですが、みんな意外とスーパーの袋を
使っていたりするんですよね。

あと思ったのが、僕は結構走るシーンが多いんです、電車乗り遅れそうなときとか(笑)。
そういうときでも、あまりバッグが背中で揺れないですよね、チェストストラップつけていなくても。
普通に背負ってるだけでも普通のバッグとは違ってなんとなくフィット感がいいのかなと感じます。

フィールドリュックサック

リュックサックは普通、用途で分けられているじゃないですか。
登山用のバッグでタウンユースは無理ですし。
僕は多趣味な方なので、用途別でいろんなリュック持っていて、中身を入れ替えたりが面倒くさかったんですよね。
フィールドリュックサックは仕事やタウンユースでも使えるデザインですし、これひとつで
色んなシーンで使えるところが気に入っています。

フィールドリュックサック

―フィールドリュックサックをフル活用していただいていて、とても嬉しいです。
本日はお忙しいところ、本当にありがとうございました!


Profile:辻本尚希(つじもと・なおき)

AVENTURA AIKOH TEAM CYCLING のレーシング部門を牽引するトップレーサー。
筑波大学附属坂戸高等学校自転車競技部、順天堂大学自転車競技部出身。
2年次、創部以来初となるインカレロード総合優勝に大きく貢献し、トップライダーの仲間入りを果たす。
4年次には、同競技部の主将を務め、2013年の学生選手権個人ロードチャンピオンに輝く。
同年、初開催となるさいたまクリテリウムbyツール・ド・フランスに学生代表として抜擢され、脚光を浴びる。
大学卒業後は引退し、社会人として1年間働いたのち、企業のサポートを受け競技復帰する。
復帰後はJPTJPROTOUR:国内最高峰のロードレースシリーズ戦)、JET(国内エリートツアー)を転戦しつつ、サイクリストのための安全豪活動や自転車アスリートのデュアルキャリア教育に携わるなど、自転車競技の裾野拡大や競技価値の向上を目指し活動している。
ゼビオナビゲーターズネットワーク株式会社のアスリート社員として、サポートを受け競技復帰する。
復帰後、JPT(国内最高峰ロードレース)登録資格を得る。

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